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東京・中央区に鎮座する鐵砲洲稲荷神社におまいりしました🙏
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鐵砲洲稲荷神社の創建は平安初期の西暦841年。凶作に悩むこの地の人々が産土神を生成の大神として祀ったのが始まりです。その後、埋立てに伴い、京橋、新京橋へと遷座し、八町堀稲荷神社と称しました。そして、1624年に鐵砲洲に遷座。江戸時代の様子は、江戸名所図会や広重の浮世絵にも描かれています。

※「江戸名所図会二」国立公文書館 デジタルアーカイブ リンク
明治時代に入り、外国人居留地の開設により、現在の社地に移転。1935年に関東大震災からの復興を遂げた現在の姿に整備されました。
ご祭神は、稚産霊神、豊受姫大神、宇迦之御魂大神。江戸湊の入口にあたる地域に鎮座し、江戸時代には地域の人々のみならず、湊に入る廻船の船乗りたちから海上守護の神として深く信仰されました。

それでは、境内の様子を見ていきましょう!
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境内の様子①〜ご本殿
▼八丁堀駅から徒歩4〜5分で到着!

▼鉄砲洲という地名は、この辺りの砂洲の形状が鉄砲に似ていた、または、大砲の試射場であったことが由来と言われています。

▼石造の明神鳥居の先にはご社殿が見えています⛩️

▼鳥居の先、右手側に手水舎があります🙏

▼こちらがご社殿です。

▼権現造のご社殿は、1935年に造営されたもの。

▼関東大震災後の復興建築をいまに伝えます。

▼右手側から見たご社殿です。

▼ご社殿奥、ご本殿部分です。

▼左手側にも回ってみました😊


このあとは、境内社なども見ていきましょう!
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境内の様子②〜境内社など
▼神楽殿と摂社の八幡神社です。

▼扁額を拝見すると、八幡さまを中心に多くの神社がご鎮座していました🙏

▼ご社殿の右手奥には富士塚があります。

▼かつて、江戸時代の境内にあった富士塚は規模も大きく、人気を博し、浮世絵などにも描かれていました。

松亭金水解説 ほか『絵本江戸土産 10編」[2]、菊屋三郎ほか」国立国会図書館デジタルコレクション リンク
▼頂上には末社の富士浅間神社のお社があります🗻

▼富士塚の周りにはお稲荷さんもお祀りされています🙏

▼富士塚には横穴がありました。こちらがそれかは不明ですが、かつては、富士塚の横穴を富士山の麓の溶岩穴に見立て、木花咲耶姫の胎内をくぐることで、清らかに生まれ変わるとか、安産のご祈願があるといった胎内信仰というものがあったそうです。

▼頂上の手前にもお社がありますね。

御朱印について🖌️
▼年始は、節分まで御朱印の授与はありません😊

