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今回訪ねるのは日本橋の三つの神社。
「福」「富」「徳」という三つの言葉を手がかりに、江戸から続く信仰を訪ねます。🙏
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福徳神社 ―「福」を訪ねる
▼日本橋の街なかに鎮座する、福徳神社。


その歴史は古く、貞観年間にはすでにこの地に鎮座していたと伝えられています。江戸時代には徳川家康公も参詣し、二代将軍・秀忠公もこの地を訪れています。その際、「福徳とはまことにめでたい神号」と称え、クヌギの鳥居から春の新芽が芽吹いているのを見て「芽吹稲荷」という別名を名付けたとも伝えられています。

そして、福徳神社を語るうえで欠かせないのが「富くじ」です。江戸時代、社殿の造営などのために幕府公認の「御免富」が行われ、これが現在の宝くじの起源ともされます。

▼こちらがご社殿です👏


「福」と「芽吹き」。
新しいものが生まれ、育っていくような縁起を感じさせるお稲荷さんでした。
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椙森神社 ―「富」を訪ねる
▼続いて訪ねるのは、日本橋堀留町に鎮座する椙森神社です。

その始まりは、平安時代にまでさかのぼります。平将門の乱の鎮定にあたった藤原秀郷公が、戦勝を祈願したことが創建の由緒として伝えられています。その後、室町時代には太田道灌公が雨乞いを祈願。霊験があったことから、五社稲荷大神を勧請したと伝えられています。江戸時代には、神田の柳森神社、新橋の烏森神社とともに「江戸三森」の一つに数えられ、庶民から厚く信仰されました。当時の様子は江戸名所図会にも描かれています。


そして、ここにも「富」との深い縁があります。江戸時代、寺社の造営費などを集めるために「富興行」が行われ、椙森神社は「江戸三富」の一つとして知られていました。境内には、その歴史を物語る「富塚」も残されています。

▼こちらがご社殿です👏


戦勝、雨乞い、そして富。
時代が変わっても、人々はここにさまざまな願いを託してきたのかもしれません。
現在も五社稲荷大神と恵比寿大神をお祀りし、日本橋の街を見守っています。
末廣神社 ―「徳」を訪ねる
▼最後に訪ねるのは、人形町の末廣神社。

慶長元年(1596年)にはこの地に鎮座していたと伝わります。江戸時代、この周辺には江戸で最初の遊郭「葭原(吉原)」が開かれました。町が整えられていくなかで、末廣神社はその鎮守として人々から篤く信仰されていきます。明暦の大火を経て葭原が浅草へ移転した後も、この地の氏神として信仰は受け継がれてきました。


ご祭神として宇賀之美多麻命のほか、財福や勝運の神として信仰される毘沙門天がお祀りされています。毘沙門天さまのご縁日である寅の日の参拝もオススメです。
▼こちらがご社殿です👏

そして、ここで今回の三社巡りの最後のキーワード、「徳」につながります。
江戸時代、この地には、働く女性の子供や孤児を預かり、我が子のように育てていた女性がいたと伝えられています。その徳を称えて人々が祀ったのが「養母世稲荷」で、現在も女性と子供の守り神として信仰されています。

さらに境内には「末廣徳の石」という石もあり、参拝の後に願いを込めると、徳運が貯まり、また使うことで徳運が広がると伝えられています。

福を願い、富を願い、最後に出会ったのは「徳」という言葉でした。
江戸から続く三つの社を歩いてみると、
幸せを願う心は、時代を越えて今も受け継がれているように感じます。
それでは、最後に御朱印のご紹介です😊
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御朱印のご紹介🖌️
▼「福徳神社」。

▼「椙森神社」。

▼恵比寿さまの御朱印もお受けしました。

▼毎月13日は「とみの日」にちなんだ限定御朱印も!

▼「末廣神社」。

▼毘沙門天さまの御朱印もお受けしました。寅の日は特別な印が押されています。

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◆名称:福徳神社(中央区日本橋室町)
◆アクセス:東京メトロ・三越前駅から徒歩約1分
◆ご祭神:倉稲魂命
◆公式サイト:
◆名称:椙森神社(中央区日本橋堀留町)
◆アクセス:各線・人形町駅から徒歩約6分
◆ご祭神:倉稲魂大神
◆公式サイト:
◆名称:末廣神社(中央区日本橋人形町)
◆アクセス:各線・人形町駅から徒歩約3分
◆ご祭神:宇賀之美多麻命
◆公式サイト:
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